唐鵙の蔵

統合失調症になったけれど前向きに人生を歩む人のブログ。日々徒然。

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とある王がいた――

答えられない答えが合って、”私”は窓を開け放った。

空はどこまでも青く、澄み渡り、今日が何処までも続くように告げている様だ。しかし、その王の心は沈み込んでいた。
何故なら、王の元には既に多くの死神たちが訪れていたからだ。

王の死は定めであった。予てより、王の死は宣告されていた。

かつての王はもはや王ではなく、一人の人間だった。
彼は一人の人間に成り下がり、かつての栄光はどこへか。
彼はいつ来るかも分からない死に恐怖していた。
彼は死を前にしてこう言った。

「あぁ、なんてことだ。かつての冒険した日々は無意味だったというのか。私が積み上げてきたものはたったこれだけの金貨の山。人間よ、神に託された言葉を告げよう。もう時間は残されていない。私は先に眠ろう。いつかその身を焼き焦がす太陽が到来するだろう。その時、皆はこう言うのだ。王様、貴方はいったい何を守って来たのですか、と。私には、何も言えそうにない。すまない、皆の者よ」

民は一体何のことだろうと考えた。しかし、誰にも分かるはずがないのだ。そんな、王が語って来た、おとぎ話のような神の教えは。王は、神の存在をその人生の旅の中で見出した。そして、幾つも歌を残し、神の存在を人々に説いてきた。しかし、皆が、そんな事に気にも留めなかった。

そして、太陽はまた昇り、王を引き連れに来た死神にその身柄を渡すのだ。彼は拒んだ。ロゼが、ロゼがまだ城の中にいる。彼女、唯一人の義妹を置いて一人死ねるものかと、王は言った。死神たちはよく解っていたはずだった。彼女は、死をものともしない少女だった事。それが、王の死で希望を失くし、かつての王のように探求の旅路に上る事。それを知った上で、死神は言った。

「そなたの言う事、我々に分からぬはずもない。だが、死は常に急なもの。そなたは黄泉の国へ旅立たねばならない。死が二人を別つとも、しかしその魂は永久に彼女の傍に。だから王よ、今はしばしの別れ。受け入れなさい」

王はその言葉にようやく頭を上げ、こう言った。

「彼女がこれ以上傷つく様など見たくはなかった。だが、私はもはや冥界の住人。かつての王はその一員として、民達だったものと顔を合わせる事になるだろう。その時、私はどんな顔をして皆に会えばいいのだろう。さっぱりわからぬ。だが、ロゼ、ロゼはきっと私の気持ちを理解してくれるだろう。いづれ、ロゼもここに来るときがくる。その時、せめて迷わないように目印を残したい。どうか聞き届けてくれるか、死神たちよ」

死神たちは二つ返事でそれを了承した。それが元で、空に光の柱が降りる事になったのだが、その時は誰もがこう思った。空に光の柱が上がるのは、きっと天使が降りてきたからだ。と、しかし、王は知っていた。光の柱は、魂があの世へ迷わないようにと王が立てたもの。いつか来るであろうロゼを迎える為のものだと。

死神の待つ柱であると、誰が思っただろう。救いを求めた魂が後を絶たないこの時代に、その柱の向こうに、黄泉の国はあるのだ。ロゼがまたその柱を尋ねてくるまで、その柱は経ち続けるのだ。そして、ロゼがその身を冥界に明け渡した時。その時が人類の試される瞬間なのだ。ロゼが冥府への旅を終えた時、人間達は神にその行いを問われる。ロゼはこの世の解理を見届け、そして冥府へ旅立つからだ。彼女が見てきた世界の、人間という者の正体を神に告げ、そして神は問うのだ。これまで人間が行って来た行為の是非を。そして、然るべき行動を、神は取るだろう。

その時が来た。ロゼは人生を掛けて生きた。
ロゼが人間の世界を旅立つ時がきたのだ。ロゼは、愛おしい人々との別れを悲しむ間もなく神々に連れられて逝った。
そして、かつての王であり、義兄である彼と再会した。そこからは、神の国を、人間の有る国を旅した。それが、ロゼに言い渡された使命だったからだ。ロゼ亡きあと、世界がどんな道筋を辿るか、それを見定めなくてはならなかったからだ。ロゼは飛んだ。東へ西へ。その目で色々なものを見て行った。ロゼの眼に移るのは、希望か絶望か。誰もロゼの姿は分からない。それだけ、ロゼは素早く世界を飛びまわったのだ。

そして、その時が来た。ロゼは神の前に跪いて神が語るのを待った。そして、神が口を開いた。神は言った。

今の人類では、まるで話にならん。
ロゼよ、そなたが見てきた人間に美しい者はいたのか。
ロゼはこう答えた。はい、と。人間に猶予をくれる様に頼んで。
しかしながら、神は否と唱えた。ロゼにとって美しいものが、神にとってもそうだとは思えなかったからだ。ロゼは頭を垂れた。
これで世界は終わり。誰もがそう思った。

しかし、神は知っていた。神は神であるがゆえに孤独であった。いつも、孤独であったロゼと王だけがその心を知っていた。だから、猶予の時間を授かったのだ。神は、まだ時間を差し上げよう、と言った。人間達が滅ぶかどうかは、その結果決めてみようと、神はそう告げたのだ。

人間達は、その事を知らない。だから、ロゼも王も二人して人間達に御触れを知らせて回った。神が猶予を下さるのはあと少しの時間しかないと。その時、何が起こるのか、自然は猛威を振るい、人間達を飲み込んでしまうだろう。かつて我々がこの星に強いてきた無茶を返すように。その時、神はみたことか、と静観を決め込むだろう。と。そして、人間は後悔するのだ。己の行って来た事を。それが、神が人間に与える試練だと。その時を今か今かと待っているのだと。

神はそれを見てこう呟いた。
ロゼも王も、こんなに良き者だというのに、同じ人間はそうではないなど、なぜそんな可笑しな事が起きるのだろうな。孤独は人を美しくさせるのかも分からん。

王はその言葉を耳にして思った。

「確かに私は孤独だった。いつも人間は私のお零れに預かろうと必死で、私そのものを見てくれたのは貧しくも気高かったロゼ、義妹の彼女だけだった。彼女だけが私の孤独を見抜き、その心を満たしてくれてたのだ。気高い者こそ、人間の真価よ。神にもきっとそれは届くはず。人間達よ、まだ猶予はある。一人でも、孤独を知り、気高くあれ。さすば、まだ神の考えも変わるかもしれぬ。どうか、人間よ気高くあれ――」

王は祈った。ロゼも祈った。彼らの祈りは届くか否か。まだ知れる事ではなかったが、その結末は今後の人間の歴史が語るであろう。神は、人間を作ったのではない。人間は勝手に生まれた。神はその苗床を生み出したまで。神は、その代わりに、人間達をよく見守った。自分と似た姿をしていたのも、親近感を覚えた。

神は人間を可愛がった。その歩みを、人間の姿さえも己に更に近づく様に匙を傾けた。そして生まれた人間達を、これは良いものが出来たと思った。しかしながら、人間はこの星に無理を強いだした。全てが人間の持ち物であるかのように彼らは振舞い出したのだ。それは、目も当てられない光景だった。

彼らはいつの頃からか、神を忘れた。
ロゼも王も神を知っていた。だから、神は二人を直々に冥府に招いたが、他の人間達はその事から目を背けた。神は決して人間を保護して来たのではない。見守って来たのだ。

それ以外の人間達は、安心したかった。支配されるよりも自由を愛した。だから、人々は神に感謝しつつも、心の底では神を直視できなかったのだ。神は光であり、眩しい太陽のような存在であった。身を焼かれるような熱に、人々は苦しみ、はたまた、その恵みを享受した。しかし、神は悲しかったのだ。誰も、己を直視しようとする者がいなくて。しかし、その二人は孤独を知っていた。ロゼはこう言ったが。

「王よ、神よ。私だけが特別なのではありません。人は皆孤独です。だから集い、社会を築きます。だから、皆、助ける訳にはいかないのですか? 私など平凡も平凡な人間です。偶々兄に見出されてこの地位に就きました。けれど、私よりも孤独で気高い存在は幾らでもいます。ただ、知らないだけで。神よ、彼らに祝福を――」

神は、その言葉を聞いて思った。
正しく、その通りであろうと。しかし、だからこそ、ロゼを己の眼として使い、人間を知ろうとしたのだ。猶予を与えたのだ。人間の行いは、日に日にその勝手さを増すばかり。神には、そろそろこの星から引き上げてしまいたいと思ったのだ。
土産ならこの二人で充分だと、神はそう思ったが、二人はその気はなく、どうか人間を見捨てないでやってくれと懇願した。
本当は、二人もくたびれていた。王はロゼに言った。

「なぁ、ロゼ。お前はどう思う。これ以上、人間を救えるだろうか。私はお前が望むならと思って人間に御触れを出して回っている。しかしロゼ、お前次第だ。人間を生かすも殺すのも。私はそろそろ草臥れたよ」

ロゼは諦めきれない様子であった。それはその筈。ロゼは優しかった。如何に多くの人間がこの事さえ知らなくても、多くの犠牲が出るかもしれないのであれば、ロゼは見捨てておけなかった。神に願い出たくらい、ロゼは人間から希望を取り上げたくはなかったのだ。己の希望でもあるから、と、ロゼはそう言った。

「自分ばかりが得をして、そんな事は私には受け入れられそうもありません故。彼らの苦しみを、私は知る事が出来ません。私より苦しんでいる人々も、私より苦しむ人々を救おうと動く人々も、もっと沢山いるのです。私は星に当ったような者なのです。ただ、運が良かっただけの、ひとでなしなのです」

神は、なぜロゼがそういうのか、分かってるつもりであった。
王も同様に、ロゼの気持ちは共感する所があった。何故なら、自分達は人間を救おうという気概はあっても、何一つその行いを直接してはいないからだ。苦しむ人間の一人も救ってはいない。ただ、神が猶予を与えた事を知らせる事しかできていない。その事は、ロゼにとって良心を痛める事であったのだ。しかし、神はそんな事はお構いなしであった。もとより、ロゼは人間だ。やっと自分で見つけた人間であったから、神はロゼと王だけいればそれでいいと思っていた。ただ、彼らが猶予をくれというので、特別に許しただけだ。だから、神は待ったのだ。

さて、人間達も、ロゼも、王も、その魂は救われただろうか。
続きはこの世に別れを告げてからでしか分からない。
皆も、このお話のように、せめて気高く生きるように――

――明日が続くとは、決して決まった事ではないのだから。

”私”は窓を閉じて、彼らに語り掛けた。
空は相変わらず。どこまでも青く、そして澄み渡っていた。

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