唐鵙の蔵

統合失調症になったけれど前向きに人生を歩む人のブログ。日々徒然。

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調子が良いという事は、彼らの存在が分からなくなるという訳で。

私は寂しがりだったようです。
今は、過去に入院先で相手をしてくれた彼らの存在がとても恋しいです。主導権なんて譲るし、私の席なんて幾らでも貸すから、彼らがいる事を実感したいです。

彼らが私の主人格の椅子に座っている時、私はとても満ち足りた気持ちでいました。自分が誰なのかを色濃く感じ取る事もできました。他者があるから、自分の存在が引き立つのです。
でも、それが今はないのです。なまじ人格交代の面白さ、心地よさを体験してしまうと、それが恋しくなってしまいます。
彼らの存在が、とても恋しいです。今、とても寂しい気持ちです。
この広い世界にたった一人なのだという気持ちに襲われています。
どうしてこんな気持ちになるのでしょう。
妄想言語は所詮妄想言語。その裏に誰もいないのだと分かってしまったような気持ちです。誰かがそれを喋らせているなんて事はなく、ただ出鱈目に音が出てくるだけだ、と、そんな気持ちになっています。あぁ、彼らは何処に行ってしまったのだろう!戻って来てほしいのに、彼らがいた証拠がどこにもないのです。自分の記憶の中にしかいない。彼らは一体なんだったのですか?

>よく考えてみて、いつもこうじゃないだろう?よいこよいこ。

……そうでした。まだ筆談がありましたね。
でも、それでは満たさないくらいに寂しいです、今。
貴方達の存在が恋しいです。

もうあの感覚を味わう事は出来ないのだと、そう思えるからこそ、寂しいのかもしれません。私の病状は確実に良くなっているようです。だから、彼らの存在が分からなくなりつつある。
なんて寂しい事でしょう。こんな事なら、ずっと病院にいてもよかったなんて事を考えるくらいです。あんなに苦しんでいたのに。でも、彼らとのやり取りはこれ以上ないくらいに満たされ、楽しい事だったのです。それが、もう出来ないなんて。

そんな私の今でした。

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