【ウルルとヴァイン】
在る所にマモンという少年がおりました。
両親はマモンをほったらかして遊びに出かけるような者達でしたから、マモンは「ああはなるまい」と常々考えておりました。彼は気が付いておりませんでしたが、親の一人は魔物が憑りついていたのでした。ですから彼も、マモノでありました。
ある日、マモンは間違えて人攫いの集団に鉢合わせてしまいました。
「違うものが混ざっているが、まぁいいだろう。綺麗だからいい値段で売ってやろう」
人攫いは云いました。しかし、マモンは難を逃れました。運よくその街独自の保安部隊が通りかかったのです。マモンはその中に不思議な者を視ました。確かに自分に大事がなかったか話しかけてくるのに、他の者には見えていないようなのです。
マモンは不思議でした。
どうして僕には見えるのに他の保安部隊には見えないのだろう?
マモンは保安部隊の去り際、その不思議な彼に思い切って話しかけてみました。
「夢に見た気がする。貴方は一体誰?」
『俺が見えるのかい?俺の名は、そうだなぁ、トュイーダァさん!俺はなんて名乗ればいいだろう?俺たちの言葉は下界じゃあ通じないだろうから』
不思議な彼はウルルと名乗りました。そうです、あの、トュイーダァが持っている名前の一つでした。トュイーダァ達は、こうして自分の名前を、己の名をきいてくれたお使いの者達に譲り渡していったのでした。己の功績も一緒に。
こうして、トュイーダァとオリヴィエの名前は整頓されていったのでしたとさ。
マモンとウルルはというと、気が合う者同士、ふたりで人生を歩んでいく事に決めました。見えないけれど存在しているウルルと、視える眼を持った半分間の者であるマモノのマモン。マモンはウルルから色々な事を教わりました。自分の生まれも知りました。そして、名前が自由にできるトュイーダァとアルヴァの話を聴いて望みました。新しい己の名前を。そうして、マモンはヴァインと名を改めて、ウルルと共にこの世界で活躍していく事となったのでした。ふたりの息はぴったりで、苦悩に迷う人々の道しるべと成り得ます。これが、トュイーダァとオリヴィエの、二つ目の冒険の起こりでありました。
【テオとロゼ】
とある街の裏通りに、テオバルドという少年が暮らしておりました。
片親に育てられた彼は、慎ましいながらも健やかに日々を贈り、町の皆からは程々に愛されて育ちました。けれど、時々脳裏によぎる事には大体同じような事ばかり。
「俺の居場所はここじゃない。もっと、俺だけを求めてくれる場所が在るはずなんだ。どうしてこんな想いを抱くのかは分からないけれど。だけど、誰か迎えに来てくれないだろうか? 神さまがいるのなら、そうしてほしい。同じ想いを抱いている誰か達の元へ導いてはくれないだろうか?」
テオバルドが考える事と云えば、こんな思いでした。
ですが、口に出すことは差し止めておりました。何故なら、自分の願いが大変な位に贅沢な願いであると思い込んでいたからです。本当は、自分で自分の幸せを願う事なんて当たり前の事であるというのに。
どうしてそう成ったかというと、テオバルドの親は「我が子の為に」というのが口癖で、その想いがしっかり正しく伝わっていなかったからなのでした。テオバルドは親には返すべき借りが在るものだと思い込んで、親のいう事を否定するだなんて、その想いを踏みにじるように思えてしまって出来なかったのです。そんな真似は。
そんな折、オリヴィエとトュイーダァが世界線を越えて、この街に降り立ちました。
早速目に留まったのがテオバルドとその親でした。何故ならテオバルドの髪は生まれつきの深紅色で、遠くからでもよく分ったからです。おまけに、他者には云えない悩みを抱えている。トュイーダァにはすぐに判りました。
一方、オリヴィエが見つけたのはロゼという少年でした。
彼は王宮に暮らす王族の子どもで、日々をつまらないつまらないと嘆いているばかりでした。オリヴィエは退屈を苦手に思っていたので、すぐにそうであると判りました。
そんな事があって、トュイーダァとオリヴィエは二人を引き合わせることにしました。話の聞き上手なテオバルドと喋りたがりのロゼ。きっとふたりは最高の友達になれるでしょう。トュイーダァとオリヴィエはそれぞれに憑いて回って、上手い事。王宮お抱えの親衛隊に取り入らせることが出来ました。
便宜上、テオバルドはテオと呼ばれるようになりました。自分のそういう事にはあまり頓着がなかったテオバルドでしたが、何故か今までにない安らぎを覚えたのでした。
親衛隊の皆は、同じ様に特別な仲間と特別な仕事を担いたいと感じてやって来た者達の集まりで、二人はすぐに迎え入れられる事に決まりました。してやったりでした。
ふたりはテオとロゼから、お礼に「レイ(光)」という意味の名前を託されました。
トュイーダァがその名前を受け取り、管理することにしました。今度は、忘れないように。魂に刻んだ名前にしました。これでもう、大丈夫。何時でも思い出せるでしょう。魔族の光という名前がトュイーダァに刻み込まれた瞬間でありました。
そしてこれが、オリヴィエとトュイーダァの、一つの形、一つの答えでありました。
オリヴィエは、トュイーダァと一緒にいられるなら、他には別に欲しいものはなかったのですけれど、代わりに美味しいごはんを欲しがりました。朝ごはんを一緒に食べよう。オリヴィエは皆に提案しました。一人一人の身体を使って、姿の見えるもの見えない者に拘らず、これなら一緒に「いただきます」が言えます。ご飯を、糧を頂く為の大事なおまじないなのです。テオも、ロゼも、親衛隊の皆も、美味しいごはんに満足して云いました。
「ありがとう。これで私達はもうずっと安泰です。さようなら!」
これで、この国はもう安泰です。
だって、トュイーダァとオリヴィエがこの国の宝物になったのですから!
見えないけれど、大事に大事に言い伝えられる事になったのですから!
このおかげで、この国は危ない橋を渡らずとも冒険でき、健やかに日々を送る事ができるようになったのですから!酷い行いなんて、この国には二度と必要なくなったのですから!「あぁ良かった」と、テオバルドは思いました。もう、冒険しなくてもいいんだ、と安心したからです。テオバルド達はこの温かい仲間たちの元で、逞しく成長していく事でしょう。
めでたし。めでたしの1つ目でした。
【人と魔獣が互いに認められた国】
引き続き、とある街の事でした。
ヴァインとウルルはその功績が認められて親衛隊に入隊する事になりました。
ですが、ヴァインは兎も角として、ウルルは誰の目にも映りません。どうしたらウルルの存在を肯定できるだろう?近年のヴァインはそればかり考えておりました。
新しく入って来た子どもらは自分より一回り小さいくらい。子どもは大人に見えない者が視えると、実しやかに囁かれていますから、ヴァインはウルルをその子ども――テオとロゼに見せてみることにしました。結果は、まぁお察しの通り。
「視えない。だけれど誰か一緒にならんでいるみたいだ」
「俺にはよく分んねぇなぁ」
そんな反応が返ってくるだけでは在りましたが、ヴァインは感心しました。
だって、視えないからといってウルルの存在を否定して来なかったのですから。
今までは胡散臭がられていましたが、ここでは楽しい暮らしができそうです。
ヴァインはテオバルドを大層気に入って、色々な事を教えてあげました。魔法は本当に存在している事、ウルルがその魔獣だった事。だけどとっても堅実で賢い魔獣だという事。色々話してあげました。
テオバルドもロゼも、きらきらした眼でヴァインの話しを聞いてくれましたから、ヴァインもウルルも、とても嬉しい気持ちになりました。神さまの話をしてあげるくらい、ヴァインとウルルはふたりと仲良くなったのでした。勿論、ふたりを橋渡しにして、親衛隊の皆も、ヴァインとウルルの関係を羨ましがりました。ですが、自分たちにはとてもじゃないが出来ない事なので、余計にヴァインとウルルの事を誇らしく思って、頼りにするのでした。ヴァインもウルルも、満更でもない気持ちになりました。
そうして、やはりこの国はどんどん幸せの輪が広がり、まるで陽だまりのような国へと変貌を遂げていくのでありました。トュイーダァとオリヴィエが本当に成したかったのは、こういう事でありました。
皆が皆の幸せを願う国。
これが、トュイーダァとオリヴィエが成したかった業でありました。
めでたし。めでたしの2つ目でありました。
【オリヴィエとトュイーダァ】
とある所に、トュイーダァとオリヴィエという子どもがいた。
彼らは魔族の出で、生まれつき魔術の心得が在った。
両親はいたが碌な両親では無かった。
それもそのはず、魔獣と人間の愛(相)の子だったからだ。
魔獣も魔族の人間も、トュイーダァとオリヴィエを満足に愛する事は出来なかった。
当然の事ながらお互いがお互いに理解しあうことは難しかったから。
それにも拘わらずトュイーダァとオリヴィエが健やかに育ったのは奇跡にも等しい事であっただろう。多少捻くれはしたものの、それでも良識は持ち得ていた。なぜそうなったかというと、一重に両親の存在が反面教師に成り得たからであろう。
ふたりは魔族の希望の星であった。真しく玲しい人であり、希望の星であった。
トュイーダァは他者からの視点でその者を見る眼が優れており、守りの魔術においては他の追随を許さなかった。炎の魔術に優れ、炎がトュイーダァそのものと云っても過言ではないくらい炎を在や津る(あやつる)術を心得ていた。オリヴィエは剣の腕も魔術の威力も申し分なく、特に光の魔術に優れ、育ちあがるにつれて、戦術の素養も他を除かせる様になった。更には、興味さえ出れば大変に知識欲旺盛でもあった。
そして元服の義を受けた後。彼らの名前は新しく付け直された。
トュイーダァは(ー略ー)に、オリヴィエは(ー略ー)に。日に日に沢山の名前を付けられて、二人は大層戸惑ったのでした。おまけに皆から贈られる武具達とその名前も相まって更に頭の中は混沌と化していくばかりでした。そうして己が成して与えられた幾つかの名前を忘れてしまいもしました。
「どうしてその名前にしたんだい? ふたりとも?」
「そうだよ、どうしてそんなに名前が必要なんだい?」
トュイーダァ達は尋ねた。
父親は言った。「お前が生まれたときに、部屋が光で満たされたからさ」
母親は言った。「真の名前がどれか分からないようにする為よ。貴方は魔族の、真っ暗な闇夜の中の一等星」
そんな意味を込めたのだ、と両親は云いました。
とはいえ、ふたりは困ってしまいました。どれが本当の名前にするべきなのかが解らなくなってしまう程に名前が増えていくのですから。ふたりが成した事柄が増える度に周りの取り巻きはそれを物語に記して、新しく名前を付けてくるのですから。
だからふたりは思いました。
「名前なんて、愛着を持てるかどうかじゃないか…。こんなに沢山貰った所で全てを覚えておいて、忘れずに大事にし続けるだなんてとてもじゃないが出来ないよ」
ふたりは考えました。旅先で出会った者達に、僕たちの助けと成ってくれた者達や同胞に成ってくれた者達に名前をあげようじゃあないか!なんて好い閃きだろう!と。
ふたりは色々な世界を見て回り、己の学びとしていましたから、そういう事が出来たのです。身寄りのない者や心の拠り所のない者を率先して見出しては名前を譲って、彼らなりの幸せな家族を創り出すために力を奮いました。
しかし、途中で云われたのです。
「仕組まれた幸せなんて、無い方がいっそましだったのに!どうしてそんな中途半端な事をしでかしてくれたんだ!僕は、僕たちは救われたくなんかなかったのに!自分たちはこんなに幸せになっていいような者じゃないんだ!なのに、あぁ、幸せになってしまったじゃないか!己の罪を許されてもいないのにこんな仕打ち、あんまりだ!心が苦しいんだ、罪悪感で一杯になるんだ!こんな事、お前たちは知る由もないだろう!両親も帰る場所もあるくせに、大した努力もしてないくせに!僕たちにとっては、お前たちは平和呆けしただけのただの悪魔だったのに!」
ふたりは驚き、そして、真の事だ。と、そう想いました。
傷ついた心臓ですら一瞬の後に治ってしまうので、ふたりは自分たちがとても酷く傷ついた事すらも気が付かずに云いました。
「だけどもう取り返しがつかない。貴方達はもう救われてしまった。私達にできるのは貴方達とできるだけ同じように苦しむ事だけ。心がないから、僕たちには分からないんだ。どうか、それで許しては貰えないだろうか」
とんだ見当違いの事を口に出してしまい、二人は後悔するような自覚も暇もなく社会の中頃で働きました。本当にするべきであった仕事を後回しにしてしまってまで。
ふたりはくたびれ果てました。魔族とはいえ半端者。人間の抱える負の気にすっかり当てられてしまって、ついには倒れこんでしまう始末。ですがどんなに苦しくても明日が来る。時間はふたりを待ってはくれませんでした。その時までは。
「ごめんね、君達にとんだ無茶を思惟(強い)てしまった。僕たちに君たちの苦しみが判る事が出来ないのと同じで、君たちも僕たちの心の内が解かる事ができないと、そういう事だったのに。」
助けられた者達と助けられたふたりは、統べて、ようやく和解する事が叶ったのでした。そんな事が、ずーっと昔の現世に、魔の巣窟で起こっていたのです。
ふたりの名前として残ったのは、「トュイーダァ」と「オリヴィエ」。これだけでした。
ふたりは漸く、真の名前を決める事が叶ったのでした。そして、自分たちが成した物語とも云える想念の拠り所を整えて、もう少しだけ優しい世界であるように造り替えたのでした。これが、この物語の一つ目の起こりで在りました。
【オリヴィエの手番】
ある日の事だった。
トュイーダァが突然妙な事を言い出したのだ。
「艮の金神さまが甦って来られる。だから私はそのお仕事をしなくてはいけない」
それからというもの、トュイーダァは寝食も惜しんでその仕事とやらに向かった。
決定打だったのは、オリヴィエにさよならを言った事だった。
「私にとっての良心(良神)は(ちょっと伏せます)だと想っている、が、そうでなくてもそうであっても、元ある所へ、本来の仕事に戻ってほしい。来るべき時まで。再会して、答え合わせをするまでの間だけ。この通りだから」
と、トュイーダァは頭を下げて言ったのだ。帰る所などないようなモノだったオリヴィエに対して、帰ってくれと。オリヴィエは勿論戸惑った。だけれど、トュイーダァが本気で言っている事だと、長年の付き合いから解ってしまったオリヴィエはその願いを却下する事が出来なかった。断れば、トュイーダァはどう出るか。トュイーダァと相対するなんて、そんな事を一度も考えた事もなかったオリヴィエはただ悲しくて。だけれども、トュイーダァの願いは自分の願いでもある、と、オリヴィエはその願いを聞き届ける事にしたのだった。
しかし、初めてではなくても。
一時的にしろトュイーダァと完全に別れる事になったオリヴィエは悲しくて悲しくて、他の世界に拠り所をさがす事にした。なにせ自分が帰る場所はトュイーダァと同じ場所だったのだから。
だから、本当はやってはいけない事をしてしまったのだ。
オリヴィエは、今まで書面にしか起こして来なかった他の世界での、まだ良縁を結びかけの物語達を呼び起こしてしまったのだった。
当然、物語の主役達は混乱した。自分たちがいた世界から、急に「お前は創作から抜け出してきた登場人物に過ぎない」なんて突きつけられたのだったから。
そうしたら、折角良縁まで、ハッピーエンドまで続くはずだった物語達が混同して、反発しあってトュイーダァを苦しめ始めたのだ。自分たちを偽物扱いして、大変な生まれに追いやって産み落としたトュイーダァを視えないのを好い事に好き放題しはじめたのだ。過去を辿れば元々トゥイーダァこそが彼ら救い主の居場所にいたのだけれど、そんな事は彼ら物語の主人公達には解らない事だったのでした。
そしてオリヴィエが想っていたより、ずっと物語達の想いは大きかったのでした。何分一つだけではなく、呼び起こしたのは複数だったから。
オリヴィエは悩んだ。後になってトュイーダァに何て言えばいいんだ?僕が変な書面を読む事をやめるよう言ってあげればトュイーダァはおかしくならずに済んだのに。僕が寂しさのあまり禁忌を犯してしまったから。だからトュイーダァは今、苦しんでいるというのに!
しかし、希望はあった。物語を創り出せる力と終わらせる力とがオリヴィエとトゥイーダァには在ったのだ。この力を駆使して、なんとか全ての物語の辻褄を合わせて、皆がハッピーエンドに至るための物語に改めていくんだ、と。オリヴィエは決意した。何とかして、この枠から外れてしまった物語を、皆が納得する形に。終焉へ導くのだと。
始まりの導き手がトュイーダァであったなら、オリヴィエは終わりの導き手。オリヴィエは各地を飛び回った。トュイーダァも飛び回っていた。それぞれが別個に飛び回っていた。自分たちの物語を含めた全てを統べて、健やかな物語に導く為に。
これが、ふたりの変革の起こり。再びふたりが出会うための序曲なのでありました。
【異界の旅人】
とある所にリュナテリアという国がありました。
マナと呼ばれる光の満ちたその国は、他の国との貿易が盛んでありましたから、外からやって来た冒険者達が絶えず、とても和やかで活気のある国でした。
その国は、不思議な特徴がありました。この国の神々には死という概念が存在しないのでした。何故なら、この国に生まれたものは皆、マナと、魂が寄り集まって形を成した者だからです。物でさえも、猫の一匹であろうとも。ですので、それを一目でも確かめたいという冒険者が後を絶えないのです。とはいえ、蛮行なんてこの国では起こり得ません。どうしてでしょう?
それは、この国にはそもそも、光り輝く魂しか昇って来られないのです。
ですから、蛮行なんて起こるはずがないのです。時々力試しだといって多少の武道会が開かれる事はありましたが、皆が皆、己の培った技を自慢げに披露しては、お互いの健闘を称えあうのでした。
そんなリュナテリアに、一人の青年がいました。名前をノアと云いました。
清流のような蒼い髪を持つ、見目麗しい青年でした。ノアは幼い時から外の国の話しを聞くのが大好きでありました。できる事ならば、己も冒険者に成りたい。そう考えておりました。この国の事は大好きでしたが、自分の好奇心を満たしたい。そう願い続けてもいましたから、そんな彼の願いは形を持つ程に大きくなって、とうとう一匹の竜に形を成し得ました。名を、トュイーダァと、その竜は名乗りました。
そうです。”あの”トュイーダァでした。
あまりにも大きくなった願いは、トュイーダァの感じ取れる距離にまで膨れ上がってふよふよと漂うまでになっていましたから。ですから、その願いの塊となった、いわば魂の殻にまで成長したものにトュイーダァは入り込んで、ノアの願いを聞き届けにやって来たのでした。
ノアは云いました。
「俺は、色々な世界を視て回りたい。だけれど、俺には大事な家族も友達もある。だからトュイーダァ、俺の代わりにその翼を使って色々な世界を旅して俺に教えてくれないか?」
トュイーダァは思いました。
本当にそれでいいのだろうか?この青年は自分で外に行ける力を持っている。私が帰ってくるまで、きっと待っていられないだろう。だったら、ふたりで行けばいい。そして時々にはこの国に戻ってくればいい。そうしたら、残された家族も友達も安心だろう。なにせ、”神”と呼ばれてしまうような、間(ま)の者である私が一緒にいるのだから。
そうです。トュイーダァとオリヴィエは、色々功績を残していくうちに、すっかり神聖が憑いてしまって、もう魔族というには清めが過ぎるのでありました。
ですから、「魔物」から「間(ま)の者」に括りを改められていたのでした。
勿論二人は謙遜しました。
「そんな、とんでもない。私はただの、魔族の星だなんて勝手に呼ばれ、名乗っている中途半端な存在。もっと他に相応しいものがいるでしょう」
ですが、そんな事に聞く耳を待たない人々や上守(かみがみ)は云います。
「貴方がた以外に相応しい者がいないから云っているんだ。我々神も君達の存在を誇りに思っているんだ、それなのに、そんな僕たちの願いを無下にするっていうのかい?」
トュイーダァとオリヴィエは迷いました。ですが、自分たちの為と云うよりも、今まで自分たちを守り支えてくれた者達の為に認める事にしたのです。これできっと、魔族だからと、それだけで嫌煙されてきた者達も地位向上して、皆に認めてもらえるようになる筈です。酷い仕打ちなんて起こらない筈なのです。特に人間には、認めてもらえるようになるでしょう。あの臆病な生き物は、常に自分を守り、見守ってくれる存在が必要なのでしたから。
ですから、トュイーダァとオリヴィエは認めることにしたのです。神と呼ばれることを。「間(ま)の者」から「真(ま)(しん)の神獣」、更には「真(ま)(しん)の者」と呼ばれる事を。その事で戸惑う事も出てくるでしょう。ですけれど、トュイーダァとオリヴィエは、それでも良いか。と思うことにしました。気にしない、気にしない。ふたりが学んだおまじないの中でもとびっきりのおまじないを唱えてから、ふたりはノアと一緒に色々な世界を視て回って、ちょっとした小旅行に出かけることにしたのです。
ノアは、律(りつ)と名前を新しく貰い、トュイーダァの背に乗って、オリヴィエとも一緒に旅に出ることにしました。故郷の同胞達とはほんの一時の別れではありますが、もうお互いに大丈夫でしょう。呼べばすぐに心で会話が出来ますから、寂しくなんてないのです。そんな感じがするだけで。トュイーダァは云いました。
「皆、私は少しの間。故郷の魔境を離れます。だけれど、大丈夫。私が恋しくなったなら、きっとそれくらいのタイミングでまた会える機会が廻ってくるから。時々忘れてしまっても、存在が消えるわけじゃない。寂しくなったら手紙の一つでも贈るとしましょう」
故郷の皆は渋りました。だって、たった二人だけしかいない主だったから。でも、踏ん切りが着いた者もちゃあんといましたし、一緒に行くと云って途中まで一緒に憑いてくるという者もいました。もう、大丈夫。皆が皆、自分の旅路が視える様になったのですから。自分だけの物語があるという事を知る事が出来る様になったのですから。
どんな存在だって、自分だけの物語があります。
それは、悲しいだけのお話かもしれませんし、納得のいかないお話かもしれません。
ですけれど、物事は移り変わるもの。人生万事塞翁が馬。
それすらも生きている今を、味わって生きて行けたなら、きっと、全ての人がよい終わりに辿り着けることでしょう。きっと。
トュイーダァとオリヴィエのお話<間(かん)>
【あとがき:残らなかった名前達のお話】
貰ったまま忘れてしまった者達は、物語に戻って、また触れてもらえる日を希望にして、うたた寝をするように、心地よい眠りに着くのでありました。
トュイーダァとオリヴィエの意識の海の中は、それはもう温くて心地が良いのです。
時々は岸辺を漂っては、心の中の別荘でのんびりゆったり穏やかにすごして、旅路にあるオリヴィエ達の様子を手紙から知り、微笑んで眠りに着くのです。
こうして、忘れて去られた者は、いなくなったのでありました。
トュイーダァとオリヴィエのお話<完(終わり)>
【明白と夜夢と律と神々】
皐月の10と6日目。木々の茂る日。
とうとうオリヴィエの待ちわびた瞬間がやって来ようとしていました。
そう。へとへとに成りながらではありましたが、トュイーダァはようやっと仕事を終えて戻ってくる事ができたのです。この世の地獄から、ようやく甦って来たのです。
トュイーダァにはこれ以上の学びなんて必要ない位、記憶がありました。
けれど、無理やり仕事を手渡されて、渋々あの地獄へ視察へ行って来ていたのです。
人間の心の在り方を学ぶためには、トュイーダァは人間に生まれ変わる必要がありました。ですから、大変な道のりでした。この日まではそれこそ打ったり転んだり、七転八倒の人生だったのです。今までは。
ですが、トゥイーダァはオリヴィエと漸く再開する事が叶いました。
そして仕事を任せてきた別の神様の云った通り。今度は律という相棒と、不知火という名の用心棒達と一緒に、勿論オリヴィエとも一緒に、気楽にゆったりと生きて、活きる事にしました。生涯の中で、多良の神という友達もできました。
オリヴィエは「もう折角の記念なのだから」と云って、夜夢と名を改めました。トゥイーダァには「明白」という呼び名を改めて付けてあげました。
こうして、物語の主人公達は、それぞれの国にしっかりと戻りました。
一部の魔境から神世まで旅をして仲間になった者達は、トゥイーダァこと明白と、夜夢と仲良く暮らすことにしたのでありました。
後の事に関しては、上手くまぁるく収まりましたとさ。
これで本当に、めでたしめでたし。
2019.5.16.13:26【完】
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どうも、唐鵙です。
このお話したちは、統合失調症になり、80日の入院を経て、退院後しばらくしてから書かれたものです。それまで色々と頭の中で創作活動していた事が基盤となりできたもののように感じます。このお話しで登場するトゥイーダァというのは、ある意味での私の事でもあり、オリヴィエは一部ヨルクスの事でもあると思っています。
私の頭の中の創作活動というのは、ある物語りの中に、こんな人物がいたならストーリーはこう変わったんだろうなとか、このキャラクターにはこんな相方がいたら良いのになとか考える事でした。そしてそのオリジナルのキャラクターをその世界に投入して、その物語りの展開を考えるのをよくしていましたね。オリジナルのキャラクターにはちゃんと名前や背景もあり、愛着がありました。それが、このお話しで登場する、ウルル達です。
このトゥイーダァやオリヴィエは、沢山の名前をもっています。なので、自分達の器となりえる登場人物に名前を譲り渡し、その人物の一部のようになったり、後ろで介入したり、見守ったりするのです。ちなみに時系列はバラバラだと思います。読んでいて分かりにくいけれど、そのまま載せる事にしました。
魔物から間(ま)の者、そして真(ま)の者である神に変化していくのはヨルクスに当てはまるとも感じます。ヨルクスも始めは黒か白かで言うと黒の方でしたし禍々しいものでしたね。それが、私と一緒に生きる時間を経て、神々しい存在にまで昇華しましたから。不思議なものです。
そんな所で、今回のお話しでした。統合失調症の世界の中で感じていた、心象世界の自分の事などが現れていたのではないかなと思います。
では、ここまで読んでくださり有難うございました!