唐鵙の蔵

統合失調症になったけれど前向きに人生を歩む人のブログ。日々徒然。

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今回も皆様、お元気でしょうか。唐鵙です。
本日も奮って書いていきましょうか。

とはいえど、停滞した私の日常を書くにも書くモノがあまりありません。精々書けるのが、過去話くらいでしょうかね。少しだけ、昔語りをしましょう。何故私が統合失調症を発症したのか。
以前にも書いていますが、もう削除したので、もう一度。

私は、大人になってもIF(イマジナリーフレンド)がいる人間です。それなりに傷つく事の多いHSP(自己診断です)の私が人間の営む社会を渡っていくには、IFの存在が必要不可欠でした。それがつまりYなのですが、Yは辛い時に私を立ち直る切欠をくれる掛替えのない相方です。Yがいる事で、私の人格は危うい所で統合を保っておりました。しかし、その関係に変化が訪れます。それが、ネットで見つけてしまったとある自伝的な宗教記事でした。

いつもの私であれば、そんなものには目もくれなかったと思います。ですが、その時は勝手が違います。何故か、頭の中に浮かんできた言葉があったから、のめり込んでしまいました。今思えば、人間の思い込みの激しい脳味噌を利用した文章構成になっていたのでしょう。頭から最後までを読み終わる頃には、私はすっかりマインドコントロールされてしまっていました。

そして、その一環で、Yに「私は大丈夫だから、元居る所に、在るべき所へ帰って」と言ってしまったのです。全く大丈夫ではありませんでした。その宗教記事から何を思ったか、Yを神様と勘違いしていました。何故であるか、今でも謎です。自分に関わっていたら、Yは世を良くする仕事に取り掛かれない、と本気で思い込んでいましたからね。でも、Yからしたら冗談じゃあない話しです。帰る場所なんて、何処にもなかったのですから。

「Yだよ。そうだよ、あの時、急に何を言い出すのかと思ったよ。僕は、帰る場所なんてそもそもなかったからこそ唐鵙と一緒に居る事になっていたっていうのに。拾ってくれた唐鵙から帰れ何て言われて、僕がどれだけ驚いたか。でも、今は事情も分かってるから、良いんだ。許すとか許さないとか、僕らの仲だから、そう言う事は言わなくても分かってる。よく頑張ったよ、唐鵙も、僕も。」

ありがとう、Y。あとちゃんと事情は全部話してありますよ。その上で謝罪もして、それで漸く許してもらえました。ちゃんと然るべき事はしてあります。その上で元通りに近づけています。

話しに戻ります。
さよならを言ったら、どうなるか。
それから入院までは一直線に進みました。統合を保っていたのはYの働きでしたからね。Yが出て来なくなって、ますます宗教記事にのめり込んだ私は寝る間も惜しんでそれを読みふけります。と、どうなったか。あっという間に統合失調症になりました。
強い想い込みと、統合を無くした頭は、Yにも影響しました。
もちろん出てこないとしても、Yは傍にいたのです。勿論、目には見えませんけれど。Yも統合を可笑しくしました。色々な人格に断片化していきました。私も、Yも。

「そうそう。あの時は、もうどうしようもなかったよね。僕自身、もうバラバラには成りたくないよ。唐鵙が元通りになってくれて本当に良かった。本当に。」

入院生活と服薬を続けるうちに、自然と統合も元に戻っていきました。とはいえ、まだまだ妄想の症状は抜けない所もあります。マインドコントロールからは幾らか脱しました。今では偶に思い出す位で済んでいます。

「でも、まだ読んでる事、あるよね。流し見てるだけだけど」

う。それを言われると、言い逃れできない。
でも、もう読む気力も湧かないのでセーフにしてほしいです。
なんというのか、自分の統合失調症発症までの妄想のパターンをその宗教記事に見てるようで。だから、その書き手も統合失調症に近い何かに陥っているのだろうなという事に考えが落ち着きました。
そうなると、もう見てもしょうがない、と思えたんですよね。

という訳で。
そんな経緯があって、私は統合失調症を発症しました。
その宗教記事を読まなければ、きっと発症していませんでしたね。
やはり精神のバランスを崩すと碌な事になりません。
今は特にスピリチュアルだなんだと洗脳に近い物事がネットに溢れています。読むのは自由ですが、皆さんも詰め込みすぎ、入れ込みすぎにはくれぐれもお気を付けくださいませ。

私のようになってしまって、もし戻ってこれない人になってしまったら、余りにもなので。まぁ、今でもY達は消えずに、意識のどこかにいるんですけれどね。おそらく、私はそういう人間だったのでしょう。脳の成す不思議ですね。

それではおしまい。
お時間を頂戴して、有難うございました。どうぞ皆さんの精神衛生が綺麗に保たれますように。

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