唐鵙の蔵

統合失調症になったけれど前向きに人生を歩む人のブログ。日々徒然。

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さて、幻覚妄想の症状自体はどうなったかと言いますと、今も続いていると言わざるを得ないでしょう。
いえ、それが誰かの空想である事は知っています。
でも、その空想が私に伝わったならどうなったか。幻覚妄想になりました。そう、神さまの事です。私は今も謎言語でお喋りを楽しんでいます。いえ、というより、喋らずにはいられないといった方が良いのでしょうか。

私は”私”と会話しているのです。
その言語が一体どんな意味を持つかなんて二の次で、この意味の分からない言葉を私達は音に気持ちを乗せて発音します。

ラーレススピリットラヴネルセイヤトゥゼイドラヴェインラーセイ

浮かんだ歌のフレーズの一つです。意味が分かりませんでしょう。
私にも意味なんて分かりかねます。それでも語る声はやみません。
きっと言語障害の一つで、失語症の人が自分で意識していないのに言葉を間違えるのと同じような無意識の障害なのでしょう。

>やはり自我機能の障害によるものかと。

やはりそう思いますか?
でも、何故か口ずさんでしまいます。
この言葉に乗った気持ちが何となく伝わってくるような錯覚を覚えるからです。私はこの可笑しな言葉は、救いを求める何者かが祈っている言葉なのではないか?と考えたりしています。
何かにつけては、セイバーセイバー言っているので。saver。
助けてくれる人? でも、私は誰かを救える力も無ければ、そんな権限もありません。もし見えない何かが起こしている事なら、その時はどうしましょうね。どうしようもないのですけれど。

喋る内容は以前と比べて変化しない部分と変化した部分とがあります。これもよく解らないです。

それにしても、この謎言語はどういう症状名にすればいいのでしょうね。私の妄想では、この言語は胸の奥の誰かに伝わっていて、その人を取り囲んだ誰かが自然とこの言葉を私に喋らせていると、そう考えています。というより、そういう「自分じゃない」という感覚がするのです。今これを喋っているのは私ではないという感覚です。

どうにもこの言葉が消える事はしばらくないような気がします。
そうなると、私と”私”の幻覚はこの先も続くのでしょう。
一人の人間として生きるのに、私の場合は複数の存在が寄り合わさっている。まぁ、それも幻覚というか、これが自我機能の障害なのでしょうけれど。厄介なものです。

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